アートにおける自由神話はデマゴギーではないか?

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年末にイノセンスを見てからというものの

押井守にはまってしまって、日々「オシイズム」に侵食されつつある今日このごろ

こういう時僕は、なんでもかんでも、その価値観でとらえようとしてしまう傾向があるようなんだけど

僕は結構飽きっぽいので、そういう時期もそんなに長くは続かないようなので

今偶然つながった事を書いておく

 

学校経営という経済行為に巻き込まれる専門学校生

押井守は「凡人として生きるということ」の中の、世間にはびこるデマゴギーという章を以下の書き出しではじめている

 

専門学校というシステムがあるが、あれはシステム自体が虚飾だ、と僕は思っている

(「凡人として生きるということ」から)

 

この章では、映画監督を例にだして、本気で映画監督になりたかったら専門学校なんか言ってる暇はないはずで

スタジオでアルバイトしたり、企画を書いて見てもらう方が賢明と書いている

なら、なぜ専門学校なんてものがあるのかというと、それは親に騙されているということだ、と続く

映画監督になる、なんて夢みたいなことを言ってる子供をひとまず専門学校っていう、それっぽい所にやって満足させて

「若さの可能性」とかいうデマに騙されて、夢破れて地元に帰ってくるように仕向けているのではないか?という感じ

専門学校のほうでは学生を受け入れてお金が欲しい、親の方では故郷で就職してほしい

その利害が一致したから、子供に「若さは可能性」という幻影を共謀して見せるシステムが専門学校なのではないか?ということ

 

学校教育という経済行為に巻き込まれる美大生

僕はここで、少し前に読んでいた、村上隆の「芸術闘争論」という本を思い出した

現代美術とコンテクスト?(村上隆-「芸術闘争論」読了)

この著者は基本的に日本の美術教育に批判的な立場の人なんだけど

その中で日本の美術教育が持っている「自由神話」についての記述がある

それは、自由=芸術=正義という信仰、日本現代美術の自由神話に合致しているからです。

信仰ですから、その神話を信じていれば何もしなくても救われます

(「芸術闘争論」より)

僕は美大生のとってのこの「自由神話」は、押井守が言うところの「若さは可能性」というところではないかと感じた

もちろん僕は美大には入ったことはないから、なんの根拠もない憶測でしかないんだけど

美術とか芸術というのは、今の日本では工学部とか農学部とかの学生が学ぶような理系知識みたいには汎用性が高くはないだろうから

自由神話という幻影を利用して学校を回して、実際バイトで生計を立てる自称アーティストを大量生産したとしても不思議はないと思う

学校教育という経済行為の振り回される大学院生

もう一つ・・・・「ピペット奴隷」という言葉を知っているだろうか?

これは、僕が居た農学部や理学部の生物系のような分野の大学院生や博士号取得者を指すスラングなんだけど

生物系は環境やバイオなどの今でも結構流行の分野なので

その分野で大学で9年も勉強して博士になれば将来が安泰のように思っている年配の方が結構いるようなんだけど

実際は、特に食品とか環境分析とかを専攻した場合、研究法や分析法は既に確立されており

どこかの偉い科学者が作りあげた分析法に従っていれば、研究が可能になっていて

極端な話、その分析法の原理が分からなくても、ピペット(スポイトのような器具)さえ使えれば博士号がとれてしまう

しかも、学生の時の研究成果は全て教授と研究室の成果にしかならない

知識も技術もない博士などに、需要があるはずがなく

研究中はピペットと研究室に支配され、博士になっても就職難にあえぐ様子を「ピペット奴隷」と呼んでいるんだ

これも、「バイオや環境には無限の可能性がある」という夢を見せられた学生の悲劇のように思う

バイトで生計を立てる自称アーティストは僕の憶測だけど

バイトで生計を立てる高学歴ワーキングプアはNHKの特集にすらなっているような事実だ

多様性は必要

だからといって、これらの職業がいらないかというとそうではなくて

工場での大量生産みたいな仕事の労働力に比べたら、需要が少ないということだ

需要が少ないということだけでなく、こういった分野は大量生産と反対の性質を持っているので

多様性を担っていると思う

その多様性がいつ必要になるのか?ということなんだけど

僕は環境を勉強していた立場から、人類が圧倒的に衰退した後だと思う

大量生産は地球の資源を急激に食いつぶしているだろうから、そのうち成長の限界がくる

それがいつになるかは知らないけど、成長に限界がきたら世界の人口が大幅に減る

そうなった時に必要になるのが、大量生産に変わる多様性であり芸術でありマニアックな技術になってくると思う

だから、僕は今会社員という大量生産に荷担しつつ

来たるときに備えて、凡人サーカスアーティストとして活動を続けている

 

 

 

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

四万十町在住パフォーマー 大学卒業後製紙会社に勤めていたが、移住を機に地域に根を張るパフォーマーとして生きていくことを決意。 2018年現在地域おこし協力隊として働きながらパフォーマーとして生きていいく道を模索中。 詳しいプロフィールや出演依頼などはメニューから各項目を参照ください。