世代間格差の縮図

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7月の22日から24日まで富山に帰省した

その中の目的の一つに、ある先輩との再会があった

 

特に、何かの予感があったわけじゃない

その先輩には高校の時に大きく影響を受けたんだけど

大学進学と共にそこまでの関わりもなくなったので、その後の様子も知らなかった

なにか、どうでもいいFacebookのやりとりか何かで、再会を約束して

なんとなく、今回の帰省に際して連絡してみたのだ

 

でも、やはり、興味深いお話が出来た

 

先輩は、今は親から引き継いだ会社で代取をしている

それに際して、僕が富山から離れた後ぐらいの10年間くらいの間に

親との(そんな言葉は言ってないけど)メンタルモデルの差を激しく感じていたようだ

 

時代も悪かった、と言っていた

政権が交代した時には、世の中の仕事の偏りが少し変わる

その中で、先輩の会社は負債を抱えてしまった

 

でも、先輩の親は成長の時代を生きてきたから

何も考えられない「そのうちなんとかなると思っている」

日経平均の推移と停滞っぷりを見せても、多分GDPとかを見せても

「そんなの大手さんが見るようなもんやろ、こんな小さい会社でアホなこと言うな、としか言わない」

 

これは、縮図だ。今の世界の問題の

 

これまで、経済にしても何にしても、世界は成長で全てを乗り越えてきた

でも、成長には確実に限界がある

モノである以上は無限なんてないんだから

 

それが見えないと、やってることが逆効果になる

社員のために、成長していく国と世の中に手もなくついていくことが会社を窮地に立たせる

先輩が賢明でなければ、そのまま社員を不幸にしていただろう

 

家族のために、成長を目指す会社に入って、お金をいっぱい稼ぐ

国にもいっぱい成長してもらう、そのために全てをなげうってでもその会社に尽くす

それが、子供のためになるはず、と思っていたところで

その行為が、子供の世代の資源を食いつぶし、子供を不幸にさせる

 

今もう老人になっている世代は、そのまま成長していって子供達が幸せになってくれると思って

幸せに死んでいけるだろう、しばらくは今の成長の恩恵を受けている人たちの抵抗で

その事実は見えなくなって、主流の考えにはならない

 

でも、僕たちが老人になる時代には、この世代間の格差を意識せざるおえないことになっていると思う

なにせ、世界はその間にゆっくり限界を迎えるだろうから

 

その過渡期にいる僕たちは、正直貧乏くじだ

上の世代からは、使えないだの、気合いが足りないだの、必死さが足りないだの

後の時代から見れば的外れになるだろう説教を受けて

下の世代からは、成長の限界が来ているのをわかっていたのにお前らは何をしていたのだと

問題を知りながら行動しなかった罪に問われる

 

ゆとり世代に、ゆとりなんかねーよ

 

それでも、僕らは自分たちが貧乏くじだってことを知っている

ネットが普及する時代に生まれたゆとり世代だから

柔軟に対応できた人が生き残る

 

だから僕たちは静かに冷たく戦っていくんだ

 

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ABOUTこの記事をかいた人

四万十町在住パフォーマー 大学卒業後製紙会社に勤めていたが、移住を機に地域に根を張るパフォーマーとして生きていくことを決意。 2018年現在地域おこし協力隊として働きながらパフォーマーとして生きていいく道を模索中。 詳しいプロフィールや出演依頼などはメニューから各項目を参照ください。