再び演劇本
かめおかゆみこ著「演劇やろうよ!」
[amazonjs asin=”4787271865″ locale=”JP” title=”演劇やろうよ!”]演劇を通したワークショップを行っている著者の
市民劇団運営と演劇を上演するまでのハウツー本
導入のインプロ系のワークショップなんかは
サーカスファクトリー主催のワークショップで宮野玲さんやietoの人たちが導入でしていたのとほぼ同様の内容で好感触だった
こんな本を読んでも、パフォーマンスの美学や押井守に毒されている僕は
[amazonjs asin=”4846003280″ locale=”JP” tmpl=”Small” title=”パフォーマンスの美学”] [amazonjs asin=”4344980891″ locale=”JP” tmpl=”Small” title=”凡人として生きるということ (幻冬舎新書)”]演劇に参加してみようなんてちっとも思わないけど、運営手法については単純に勉強になったのでそのことでも・・・・
moimoimoiは舞台監督がいなかった
運営手法について読んで思ったのはmoimoimoiには舞台監督が足りなかったってこと
moimoimoiはパフォーマンスの土台が異なる3人の集まりだったので
全ての役割はなぁなぁになっていて、演出についても最終的に3人でごちゃまぜにしたんだけど
そのままの流れで舞台監督も作らなかったのは1つの失敗だったと思う
作品の構造なんかに責任を持つ「演出」と、実際の具体的なクオリティに責任を持つ「舞台監督」を分けて考えておくべきだった
具体的には、3人でやりたいってことや脚本を担当した僕が「演出」について
演技の経験や知識をたくさんもっているしらさわさんを「演出助手」に
音響一切を担当して、しらさわさんの人形に限らず創作物に全般に対して理解の深い取注さんを「舞台監督」につけておけば
もっとうまく作品を上演することが出来たと思う
しらさわさんも取注さんも実際の演劇の経験があるんだから、感覚で演出について言及する前に
演出とそういった運営手法を分けて説明してくれていれば、僕も理解がはやかっただろうにと思うけど
僕も演劇を毛嫌いして本とか読まなかったしオアイコといったところかな
奇術部やジャグリング部には「演出」がいなかった
逆に、僕のいた高知大学奇術部のステージには「舞台監督」はいるんだけど「演出」がいない(2017年現在)
これは、多くの学生の奇術部やジャグリング部であることだと思う
これは基本的に5分くらいの個人演技を作っていて、発表会ではそれを並べる奇術部やジャグリング部ならではかもしれない
舞台全体の構造について責任を持つ人がいないので、舞台全体としてはそこまで複雑な構造は持たない
一応は、演技順を起承転結にしたり、最初の演者と最後の演者を派手にしたりして、流れを作りはするんだけど
発表会という名前の通り、ピアノの発表会のように並べるだけという域を出ない
しっかりと脚本や演出を入れている発表会といえば、僕が現役の頃は京都大学の「ドーナツライブ」だけだったと思う
2010年度以降から、ジャグリングをメインにした舞台で「旗揚げ公演」という言葉をよく聞くようになった
juggling story project、ジャグリングユニットフラトレス、juggling unit ピントクル、aube
どれも演劇と近しい手法を使っているように見えるけど
それは「演出」という概念を導入するときに、演劇のイメージが一番強いからだろう
ただ、「演劇」にも色々な種類があると思うけど
わかりやすいイメージや文学テキストを使って、感情移入とドラマ性を表出させる「古典演劇」に寄りすぎている気が僕はしている
マジックやジャグリングという「台詞」とは異なった表現手法を使っているのだから
そちらに寄った「演出」を行ってもよいのではないのか?
そういう考え方の集団が「ながめくらしつ」であり「Room Kids」なんだろうと思っている
コメントを残す